
当社は文治三年(1187年)五月、武蔵国桝杉城主・稲毛三郎重成により創建された。
重成は敬神の念篤く、所領稲毛に稲荷神社を健立すると共に霊的な夢のお告げを受け、武神日本武尊(ヤマトタケルノミコト) 及びその妃弟橘比売命(オトタチバナヒメノミコト)を御祭神としてこの地に祠を建て白鳥前川神社と名づけたと言い伝えられて居ます。
白鳥というのは御祭神日本武尊が伊勢の国煩野(ノボノ)にて逝去の際、神霊化され白鳥になられたという故事により、 また前川とは神域の真下を鶴見川支流の恩田川が流れおり、弟橘比売命の入水の事故に重ね合わせて名づけられたものです。
それがいつの頃よりか白鳥が転じて神鳥と書くようになり、これを「シトド」又は「シトトリ」と読むようになり、今日に至って居ります。
境内周辺の鬱蒼とした樹木や社前を流れる清らかにして盛大な川の流れは畏敬の念を与え、遠近にその名を知られるようになりました。 以来、武門武家の崇敬が厚く、現在当社に面する田奈町の小字「馬場」という地名は、その寄進による馬場の跡だと伝えられて居ります。
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